駈けてきてふいにとまればわれをこえ












シェイドにとって、異性という存在は長らくのあいだ母そのものだった。十年と指をいくつか折る程度の年になった今でもそれは変わらず、想像の容易な肖像として彼の中に存在してはいる。しかし七つ、八つと年を重ねるごとに彼の中には新たな女性像が身近なサンプルから映し出されるようになり、例えばそれは城の中で甲斐甲斐しく働く、己の本分を全うすることのみに精力を注いでいる職務熱心なメイドたちの控え目なもの細かさであったり、他国の姫や令嬢たちの華やかな喧しさであったりした。そしてつい最近生まれたばかりのまだ言葉も話せない、幼く小さな妹の無邪気な可愛らしさも、もって生まれた性に基づくものなのかもしれないと思うようになり、彼の持つ異性像は幼い頃に比べればそれなりに多種多様な広がりを見せているのだった。
けれど、あの青い髪のむすめはそうではなかった。
彼女の妹は元気と明るさを同居させた赤い髪色を揺らし、時には甘い菓子に飛びつき、時には正体の見えない不可解なものを怖がって泣きそうな顔を披露して、それは彼の妹によく似て、つい世話を焼きたくなるような微笑ましいような姿だったので、やはり赤い髪の少女も彼の中では幼い妹に近い位置での異性だった。
しかし、その姉は。
なんて喧しい娘かと思い、人の話をさっぱり聞かない娘だと溜息を吐き、憧れの王子やきらびやかなデコール、華々しいものに目を輝かせている姿は彼の知る少女たちと全く同じだ、と眉を寄せた。星を救うただひとつのすべを持つ娘たちがこれなのか、と舌を打った。
彼の苛立ちを敏感に感じ取っていたのか、――あの娘は肝心な部分にはちっとも気付きはしないくせに、そんなところばかり聡いのだった――彼女がシェイドに、正確にはエクリプスと名乗る少年に向ける視線は常に険をはらんでいた。それは、彼にとっては別段、頓着すべきことではない。必要か不必要か、彼にとっての是はその判断だけだ。そう在ればいい、そのはずだった。

空の色を持ったむすめが、彼の仕掛けた網を思いもよらない方法で破り解くまでは。


ごめんね。分かってあげられなくて、ごめんなさい。寂しいのなんて、当たり前なのに――


あの青い髪のむすめは、彼が守るべき小さな子供でもないし、か弱い佳人でもなく、では、なんだというのだ。その手のひらは小さい、肩は細い。流れる髪は川のように澄んで滑らかだ。けれど、その瞳はシェイドが今までに見たどの瞳よりも強く、彼を射る。その背中は揺らがない。狂った人形を抱きしめる腕に迷いが無いのは。


気付けば彼は、青い髪のむすめのことを考える。腕の中に落ちてきたとき、小さな肩と柔らかい膝を抱いて感じたしなやかさ、彼の軽口を受けて瞬く間に頬を激昂させた姿は、彼の脳裏で異性という種として管轄されて差し支えない。しかし、ちっぽけな少女だとばかり思ったその刹那、ひかりは強く彼の眼を焼き、翠の瞳はシェイドの思考を呑み込んで、塗り潰していく。
あれはなんなんだ、という彼の困惑に答えなど、誰もくれない。




「駈けてきてふいにとまればわれをこえてゆく風たちの時を呼ぶこえ」寺山修司  

シェイドの第一種接近遭遇は女の子云々ではなく「なんだこいつ」っていう畏怖に近かったんじゃないかと妄想。
 
 

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