「空からバニラアイスが降ってきたら、すっごく幸せだよね」
外はとってもいいお天気でバニラアイスどころか雲ひとつ見つからない青空だったけど、
ペンキで塗りたくったみたいな綺麗な空を見ていたらふとそんなことを思ってしまったから、言ってみた。
ぼけーっと窓枠を眺めていてもいつまで経っても返事がなかったので、後ろの二人を振り返る。
シェイドはお茶のお代わりに口をつけようとした姿勢のままであたしを見てて、
唐突に何を言ってるんだお前は、とでも言いたげな顔をしてて――
そこまで露骨にお前、ばか?みたいな顔しなくてもいいじゃんか。むう。
そのシェイドにお茶のお代わりを注いであげてたらしいレインは、にこにこしながらポットをテーブルに置いて言う。
「そうね、楽しそう。でも積もる前にファインが全部食べちゃいそうよね」
「……ってぇ!」
後半の小さな叫びはシェイドの、だ。さっきまでポットを持ってたほうのレインの手が
テーブルの陰でシェイドの脇をつねったのがちらっと見えた。あれ、痛いんだよね。
レインの長い爪はきれいに手入れしてあるから、なおさら。
「お前なあ……」
「いいじゃない、何が悪いのよ。それともシェイドは一度でいいからプールいっぱいのゼリーの中で
 泳いでみたいとか、ホールのケーキをフォークで食べてみたいとか、そーいう乙女心いっぱいの夢見たこと、
一回もないっていうの?」
「あってたまるか。そもそも、ホールのケーキならいつもフォークで食ってるだろ、あいつは」
顎でこっちをしゃくったシェイドに合わせて、翠の瞳があたしを見る。その視線がゆっくりと戻っていって、
レインはちょっとだけ身じろいだ。あ、珍しくレインが押されてる。……あたしのせいかな。
でも、助けようにも確かにあたしも反論しようがない、かも。うーん、うーんと。
「で、でもさ、結局最後には全部食べちゃうわけだから。そしたら一ピースに切り分けて食べるよりも、
 最初からフォークで食べちゃったほうが手っ取り早いし余分なお皿もいらないし、いいこと尽くめだよ?」
「そうじゃなくて」
低い声と、聞き慣れた柔らかい声が被った。こんなときばっかり噛み合うんだもんなあ、この二人。


「せっかく明日はクリスマスだっていうのに、喧嘩しないでよー」
椅子から浮いた足をばたばた揺らして言ってみる。窓の外は晴れてても、季節はれっきとした冬だ。
こうやってドレスの裾がひゅうっと揺れるようなことすると、ほんとは寒いんだけど。
(今日の朝、ドレスの下にいつものタイツ履いたらだめ?ってレインに聞いたら、転んで中が見えたりしたら
 どうするのよ、って赤い顔でたしなめられたんだっけ)
でもよその国――その招待してくれたひとは、厨房に行ったまま帰ってこない――にお呼ばれしてるんだし、
ちゃんとした格好しなくちゃだめなんだ、うん。
「……別に、喧嘩してるわけじゃないわよ」
「これが喧嘩に見えるのか?」
見えるから言ったんだけどな。
レインとシェイドの台詞の裏に、こんなことで怒っただなんて思われたくありません、みたいな空気が
ちょこっとだけ滲んでるのが分かって、あたしは窓枠の外の景色を眺めるふりをして少しだけ笑った。
この二人は、変なところばっかり似てる。


宝石の国のお城から見える街はいつもきらきらしてて名前の通り宝石箱みたいだけど、
クリスマスっていうお祭りを前にして、いつもよりもっと派手で賑やかになってるみたいだった。
セリアスさんやミセスバタフライはクリスマス限定の特別なデコールとか作ってるのかな、
人形の町は子供たちでいっぱいなのかなあ、なんて思った。
二、三日は宝石の国にいるんだし、いろいろ見てまわってもいいよね。よし、決めた。
まだなんだかんだとやり合ってた――もういちいち会話を拾う気もしないや、
レインとシェイドに向かって、ねえ、と口を開いたときに、扉が開いた。



「ごめん、お待たせ。厨房でケーキが上手く焼き上がらなくて……、ええっと、どうかした?」
お帰りなさいブライト様!――レインの声が一瞬でカラメルソース和えの生クリームみたいになって、
(あたしはどっちも好きだけど)手にいつの間にか握られてたポットは軽ーく放り出された。
それを片手で受け止めて、シェイドのほうは深い溜息。
あの位置関係から見て、たぶん、扉が開くのがあと十秒遅かったらあのポットはシェイドの頭を
紅茶でべたべたにしてたんじゃないかと思う。さすがに、それはちょっとかわいそうだ。
「菓子に埋もれて砂糖まみれになるのが乙女心の集大成なんだそうだ」
「シェイドが、がさつで無神経で女の子の気持ちなんてちっとも分からない、
 気の利かない王子様なんだっていう話です」
「……空からバニラアイスが降ってきたらいいな、って話してたんだよ」
ブライトは扉を開けた時の笑顔のままでちょっと固まって、とりあえずって感じで
腕に抱えたブッシュドノエルをお皿ごとシェイドに手渡してから苦笑する。
「僕も、空からアイスが降ってきたりしたら確かに素敵だと思うけど」
日和ったな。小さくシェイドが呟いて頭上を睨む、けどブライトはそっちは任せるよ、とか何とか言いながら
シェイドの肩をぽん、って叩いて、ケーキナイフを持った。
「ファイン。どのくらい食べる?」
「うーん……いっぱい!」
「分かった。いっぱい、だね」
くすくす笑って、ブライトはあたしの為にケーキを切り分けてくれた。ナイフがすとんってきれいに落ちて、
丸太のかたちのケーキはあっという間に切り株になる。
甘いチョコレートの匂いが鼻をくすぐった。
レインにはあたしより薄く、シェイドにはもっと薄く切ってから(これ、甘いものが好きな順番だ)、
「はい、どうぞ」
窓のそばに座ったままのあたしのところまで持ってきてくれた。ブライトは、こういうところが優しい。



「ファインは、青い空は嫌い?」
「え?好きだよ。晴れてるの、大好きだし」
「いや、アイスが降ってほしいみたいだったから」
そう言って窓枠の横にもたれかかって、ブライトはカップを傾けた。
「それとこれとは別だよ。小さい頃にさ、レインと話したことがあって。バニラアイスが積もったら、
 スキーとか雪合戦が楽しくなるよね、って」
「転んだりしたら、顔中アイスだらけになりそうだけど」
「だからいいんだよー!わざと転んじゃうもん」
半分くらいあたしのお腹の中に消えたケーキのお皿を出窓の桟に置いて、青い空を見る。
楽しいのは好きだ。嬉しいのも好き、しあわせなのももっと好き。
だからそうなったらいいよね、っていうただのたとえ話だっただけで、別に今すぐこの空が白くなって
甘い塊が降ってきたら、なんて思ってたわけじゃないんだ。
あ、そうだ、明日のこと。まず招待してくれた人に聞かなきゃだめだよね、と傍らを見上げたら、
ブライトは真剣な顔で考え込んでるみたいなふうだった。
あれ。あたし、そんな深刻な顔されるようなこと、言ったかな。
名前を読んで袖を引いてみる。
「ブライト、どうかしたの?」
「ファイン。アイスは無理でも、――いや、何でもない。それより、何だった?」
顎に当ててた指をほどいて、金色の頭があたしの方を向いてくれる。考え事はもう終わり、っていうポーズだ。
ブライトが言いかけたことも気になったけど、それよりももっと引っかかったことがある。
「あのね、明日の――」
ことなんだけど、って続けようとした、けど。さっきのブライトの真剣な顔が頭から離れなくて、
何となく言い出せなかった。もしかして、ほんとはなにか用事とかがあったんだろうか。
だけどあたしたちはお客だから王子様のブライトは相手をしなきゃいけなくて、
なんか、なんだろ、これは。すっごく申し訳ない気持ちっていうか――ううん、よくわかんないや。
「うーんと、何でもない。ね、街の広場のクリスマスツリー、すっごくきれいだね」
「ああ、あれかい?今年はデザイナーのセリアスとミセスバタフライが一緒にデザインしたんだよ。
 城の人間にも評判が良くて、アルテッサと母も気に入ってるみたいなんだ」
そう言って一緒に窓の外を覗いてくれるブライトはいつも通りに優しいブライトだったから、
明日のことも、もしかしたら何かあったのかな、ってことも結局言えないままだった。



「おはよう、ファイン。メリークリスマス!」
「……はよ、れいん……めりーくりすますぅ…………」
「他所の国にお呼ばれしてるんだから、お寝坊してたらだめよ」
だって、昨日はなんとなく眠れなかったし。ついでにレインだっていつもはあたしと同じくらい寝ぼけてるくせに、
宝石の国に来てるからってブライトの前でおすまししたいだけのくせにぃ、って言おうとしたんだけど
寝起きの声はへなへなしてちっとも言葉にならなかった。
「それに、今日は早起きの方がたぶん得すると思うけど」
「ふえ?なにがぁ……?うんしょ、っと」
シーツをもそもそめくって起き上がる。と、急に寒くなった気がして肩が縮んだ。
「……なんか、さむい」
「ふふ。何でだと思う〜?」
あたしの使ってるベッドに頬杖をついてにやにやしてるレイン。妙に機嫌が良さそうだ。
ちっともわけがわかんないけど、ふと青い頭の向こうにある窓が目に入る。

あ。

思わずがばっとベッドを飛び出して、シーツに足を取られて滑りそうになったけど何とかこらえて、
ベッドサイドの椅子がじゃま――ああもう面倒くさいや、片手をついて飛び越えてしまった。
きゃあ、ファイン!――後ろでレインが声を上げたけど、それより、それよりも。
窓とキスしそうな勢いで張り付いて、急いで留め金を外す。
途端にさっきまでとは比べ物にならない寒さが風のかたちで入ってきた。
それもそのはずだ。だって、外は。

「真っ白、だあ……」

昨日見た広場のクリスマスツリーも、お城から街に続く階段も、遠くに見える宝石の国の鉱山も、
何から何まで真っ白。真っ白でふわふわに染まってて、これって――

――ねえ。もしも、もしもの話だよ。空から降ってくるのが――


頭を掠めた単語に合点がいった。窓の外に身を乗り出して手をうんと伸ばす。
手のひらにちらちらと落ちてくる、冷たいもの。躊躇せずにそれを舐めて、飲み込んだ。
――何の味もしなかった。
「ファイン、そんな格好でいたら風邪引いちゃう――ファイン?ねえ、なにする気!?」
「ごめん、ちょっと!」


目指す部屋の扉が見えたときには、廊下を裸足で全力疾走してきたせいか足の裏がじんじんうるさかった。
でも、それよりもっとどきどきしてるのは、あたしの胸だ。
早く聞かなきゃ、言わなきゃってそれしか考えてなくて、そういえばノックってしたっけ?
だから部屋の真ん中でこっちを見つめて突っ立ってるブライトは、あんなに驚いてるんだろうか。
「ファイン、おはよう。だけど、その格好はちょっと……うわ!?」
ほんとは急停止するつもりだったんだけど、寒くてちかちかする足は云うことをきいてくれなかった。
要するに、慌ててあたしを支えようとしてくれたブライトごと床にスライディングしてしまったわけで。
床が冬仕様のふかふかの絨毯でよかった。そうじゃなきゃ、あたしの下敷きになったブライトの頭に
おっきなたんこぶができちゃってたと思う。
「っ……たた……ファイン、前より少しだけおも……じゃなくて、大きくなった?」
「ブライト、雪!雪だ、雪だよ!」
ブライトの襟元にしがみ付いて、さっきからずっとあたしの頭の中をぐるぐるまわってるたったひとつのことを
とにかく訴えてみたら、紅い瞳が楽しそうに細くなる。
「うん、雪だ」
「どうやって雪にしたの?昨日はあんなに晴れてたよ!?」
「僕じゃないよ」
ブライトはあたしを抱えたままで、窓の外の雪景色を仰いだ。
「プリンセスミルロとアウラーに頼んだんだ。今日一日だけ、ふしぎ星に雪を降らせてほしいって」
しずくの国で出来たいつもより冷たい雲がかざぐるまの国の風で運ばれて、溶ける前に降れば雪になる。
ふしぎ星に住んでる人なら誰でも知ってる、星の仕組みだ。
「ミルロとアウラーって……いつ?」
「昨日、あれから」
あれから、あたしが夢みたいなことを軽いきもちで口に出してから、
ブライトが真面目な顔でじーっと考え込んでた、あのあと?
つ、のかたちのままで口を開けたまんまになってたあたしを覗き込んで、ブライトは笑う。
「しずくの国もかざぐるまの国も、気球で行けばすぐそこだよ」
「すぐそこって……」
距離の問題じゃないよ、って言いかけて、じゃあ問題になってるのはなんなんだろう。
そんなの、ほんとは。あたしを支えた体勢のままで楽しそうな笑顔を見せるブライトを見てれば、
ほんとはすぐにわかるはずなんだ。

「……アイスは、ちょっと無理だけど。今はこれが、僕に使える精一杯の魔法だよ」
そう云って、ブライトはあったかい手のひらであたしのほっぺたを撫でた。


あたしは、いつかほんとに空からバニラアイスが降ってきたとしても
今、この瞬間以上に嬉しくなったりする自分があんまり想像できない。


なにか言わなくちゃ、さっきはあんなに言いたいことと聞きたいことがたくさんあったのに。
ブライトの上に乗っかって、撫でられてるほっぺたはあったかくて、窓の外はバニラアイスそっくりな雪が
ずーっと降ってる。それだけで、喉になにかつっかえてるみたいに上手く喋れない。


「……あのね、おはよう……」
「うん」
「……あとね、ありがとう。すごくすごく嬉しかったんだよ」
「うん」
「さっき、受け止めてくれたのもありがと」
「うん」
「…………それと、ね」


最後のは、ちょっと恥ずかしかったからぎゅうっと抱きついて、ブライトの顔を見ないようにして言った。


「メリークリスマス、ブライト」
「……メリークリスマス、ファイン」


そのひとの声は雪みたいに柔らかく落ちてきてバニラアイスみたいに甘くて優しかったので、
あたしはやっぱり困ってしまって、その後もずっとブライトの顔を見れなかった。











「あいつ、すごい格好で走って行ったぞ。おかげで声をかける暇も無かった」
「ああもう、ファインったら!せめて上着くらい羽織っていってよ……」
「まあ、大丈夫だろ。あいつの足ならブライトの部屋まで数秒だ」
「そういう問題じゃないわよ。寝間着で男の人に会うなんてはしたない、って云ってるの!」
「……今行ったら、確実に馬に蹴られるんじゃないか?」
「だから追いかけられないんじゃない……カメリア様にでも見られてたら、なんて云えばいいのよ、もう」

「……ねえ。海がソーダ水だったらいいなあ、っていうの、おかしい?」
「…………それはまた、独創性に満ちた仮定だな……」
「八つのときのことだもの。ファインはバニラアイスで、私はソーダ水って言ったの。
 ……あのね、そうやって笑うの耐えられるほうがよっぽど恥ずかしいのよ!?」
「ぶっ……くく、は…………わ、悪い。そんな子供じみてて可愛げのある台詞、言えたんだな」
「今は可愛くないって云いたいわけ?」
「言ってない。……言ってほしいのか?」
「言ってほしいわけないじゃない。ばか」
「レイン」
「なによ」
「メリークリスマス。……雪はやれないけどな」
「…………メリークリスマス」
「なあ」
「なに……?」
「クリスマスだからってことで、昨日から街の広場の店はどこもかしこもクリスマス仕様で大賑わいなんだそうだ」
「みたいね。ブライト様がそうおっしゃってたし」
「行くか?」

「……うん」


――――Happy Merry Christmas.





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