狐の鳴き声を思い出させる音を響かせて、ドアが鳴いた。コンコン。それはノックの主本人の声にもよく似ていて、
ゆったりとして滑らかな音だ。だから、彼女にはそのドアの向こうにいるだろう相手が誰なのかすぐに分かる。
義母は間隔の早い高らかな音で、義父は遠慮を含んだ静かな優しいノックで、義妹の手のひらは実に彼女らしい、
きびきびとした音を生み出す。以前の自分はノックの音と同時に席を立ち、返事をするよりも早く勢いよくドアを
開けていたのだから、そんなことにはちっとも気付かなかった。
こうしてベッドで大人しくしていなければならないご身分というのも、退屈ばかりではないのだ。


はあい、となるべく元気に聞こえるように返事をして、ベッドから腰を浮かせる。と、彼女が床に爪先を下ろす前に、
ドアの隙間から金の髪の人の笑顔が覗いた。
たった三日間見なかっただけで、まるで三ヶ月かそこらを離れて過ごしていたような気分!


「ただいま」
「おかえり!」



――もう子供ではないのだから、夫を迎えるときは威厳と淑やかさをもって優雅に振舞いなさいな。
貴女の存在は、この国の頂に立つ宝石でもあるのよ?


義母の有難いご訓示はいつもいつも、この笑顔を見た瞬間に彼女の頭から一瞬で吹っ飛んでしまうわけで、
跳ね上がった気持ちのままにベッドから飛び降りようとした身体は、けれどもいつものように旦那さまに飛びつくことは
叶わなかった。
ついさっきのノックを生んだ大きな手のひらにやんわりと押し留められ、渋々と再びベッドに腰を落ち着ける。
分かってはいるのだけれど、もともと城の中だろうが外だろうがそれこそ少女の頃も嫁いでからも、
時と場所に左右されずにドレスの裾をなびかせて跳ね回っていた彼女だから、二十年近くも付き合ってきた
己の性質との仲違いは難しい。まして、この三日間は顔を合わせる人間ほぼ全員から飛ぶな走るな大人しくお静かに、と呪文のように繰り返されていたのだし。
退屈ばかりではないけれど、でもだからといってそれがイコールとして楽しいことに繋がるかというと、
やっぱり首を縦には振れない。もちろん、大人しくしていなければいけない理由も重々承知してはいたから、
こうやってちんまりとベッドに納まっていたりもするのだが。


「お出迎えぐらいできるのに」
「気持ちは嬉しいけどね。いきなり気球乗り場で倒れてから三日も経ってないんだ、心配するなっていう方が
 無理な話だよ」
「一緒に行けなくて、ごめんね」
「そんなこと、君が気にするものじゃないよ。宝石の国の人間が顔を出せばいいんだから、僕一人で十分事足りる話だし」
ベッドサイドの椅子に腰を下ろすついでに、小さなキスをひとつ頬にくれた彼はそう云った。
お帰りなさいのキスを返したほうがいいのだろうかと一瞬迷って、やっぱりやめた。飛び付いて迎えたなら
出来ただろうけれど、タイミングの問題だ。
「月の国、どうだった?」
「変わりなかったよ。君が急に床に臥したと云ったらみんな、ついに食べすぎで倒れたのかって――、
そんなすごい顔しなくても」
「……だって、三日前にお義母さまとアルテッサもおんなじこと言った……」
「ぶっ」
「あー、笑った!」
「ご、ごめん。……手紙を書いてたの?」
「お母様に――あ、おひさまの国のお母様の方ね。カードを贈ろうと思って」


直接顔を見て伝えることは出来ないから、気持ちだけでも。
花を散らせた後の桜の木々が緑に染まるころ、夏の気配が遠く微かに現れ始めるころに子から母へ贈る、
感謝の気持ちを表す記念日はもうすぐだ。


「月の国から送ってくれたお花、お義母さますっごく喜んでたよ。私の好きな薔薇の色まで覚えているなんて、
 本当によく出来た息子だわ!……だって」
義母の口真似はなかなか似ていたらしく、夫は破顔した。
「でもさ、何でお義母さまに薔薇で、あたしにカーネーションなの?ふつう、逆じゃない?
 お義母さまのついで、でも嬉しかったけど」
「母上は黄色の薔薇が好きだから、そうしたんだよ」
「へえ……あれ?あたし、カーネーションが好きだなんて言ったこと、あったっけ。そりゃ好きだけど、
 ブライトには言ったこと」
ないよ、と続けようとした言葉は、備え付けの机に手を伸ばした彼の行動に遮られた。
机の上には花瓶がひとつ。月の国から送られた大輪のカーネーションの中から一輪、一番見事なものを選んで
義妹が活けてくれた。その茎を掬い上げて彼女に差し出し、紅い眼が優しく笑う。

「三日前に自分が体調を崩した原因、もう忘れちゃったのかい?」


――あ。


大きく真ん丸を作っていただろう眼をぱちりと瞬きで落ち着けて、それが合図のように顔に血が集まっていく。
とりあえず色々なものを誤魔化すために、鼻先にあった真っ赤な花びらを唇で食んでみる。
花弁が千切れないようにそっと、少しだけ。


「カーネーションまで食べないようにね。お腹の中から笑われるよ」
「……あたしに似てたらきっと、自分も食べたいって言ってくれるもん」


確かにその通りだ、なんて眉尻を下げて愉快そうに笑う夫に向かって、もう!と握りこぶしをひとつふたつ、
ぶつけてやった。

痛いよファイン、絶対安静なんだろう?
笑いは収まるどころかますます深くなって、ついにお腹まで抱えてベッドに突っ伏す始末。
怒って見せるのも馬鹿らしくなった彼女は――ほんとは、そんなに怒ってはいなかったから――つい三日前に
判明したばかり、お腹の中の愛しい愛しい居候にも聞こえるように、同じくらいに愛しい愛しい伴侶の額に
今度は迷うことなくキスを落とすことが出来たのだった。



ファインがおめでたということになったら、アーロンパパはやあそれはめでたい、とにこにこ喜んで 
カメリア様は超乗り気で仕切りまくって、アルテッサはファインが母親になることにも 
自分が叔母様になることにも何だかいろんなことに複雑(でも嬉しい)になってればいいなあと思います。 
ゼクシイたまひよネタはイン宝石の国が楽しい。 



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