本編5話放映時に妄想して書いたので、「幼少ナナリーは幼少スザクにタメ口を利いている」という前提妄想の上に
成り立っている話です。(ついでに幼少スザクの性格も)それでもオッケーオッケーよかよか!って方だけどうぞ。






























                                                     そらいろフォニーム




「久しぶりだね、ナナリー」



色に例えるならみずいろ。底が透けてみえるきれいな川の表面がおひさまの光に反射してきらきら撥ねる、
うすい空の色。わたしが、お兄様のお友達であるそのひとの声に抱いていたイメージは、そんな色だった。
もう景色というものを、世界のすべてを目に映すことが叶わなくなってから十年近くが立ったけれど、
遠く小さな頃に心に刻んだきれいな色はおぼろげに、でも決して消えることのない世界のいろ。



「……あんまり久しぶりだから忘れちゃったかな、僕の声」


そんなこと、あるわけがなかった。
驚いただけなの。だってわたしの覚えているスザクの声はもっと高くて柔らかくて、撥ねる色だったから。
それにその声が降ってきたのもわたしの頭のずっと上からで、大人の男の人が喋ってるときに聞こえる
音の位置だったんだもの。だからわたしはその声を、お兄様と一緒にいろんなところへ連れていってくれた、
わたしを負ぶって野原を走ってくれたスザクなんだと思うことができなくて、
だから知らない男の人がお兄様と話しているのを眺めているようなきもちで聞いていただけで。



「ごめんなさい、ちょっと驚いてしまって。……お元気そうでよかったです、スザクさん。
 もしかしたらもう二度と会えないのかも、ってずっと、思ってました」
久しぶりに会ったときのご挨拶はこれでよかったかしら。わたしの今日の服は、どこか変なところがなかったかしら。
たくさんの不安が頭の中をぐるぐるまわって、でも何か話しかける言葉を探そうにも何を云えばいいのかよくわからない。


「もう、スザクって呼んではくれないのかな」

わたしの、たぶん膝の少し前あたりから見上げるように声が届いた。あ、と胸の奥が騒いだ。
スザクだ。スザクはいつもそうだった、私に話しかけるときにはいつも屈んでからだった。
私がその声を拾いやすいように。頭よりも高いところを行き交う声を見上げてばかりじゃ
ナナリーの首が疲れちゃうね、って言ってくれた、わたしの。わたしだけの。

なんだか急に膝元が涼しくて、制服の裾から見える――わたしには見えないのだけれど、
その膝がひどく子供っぽくて恥ずかしいもののような気がしてしまった。
隣のキッチンから、お湯が沸いたことを告げる音が細く聞こえた。お兄様。お茶を沸かしてくるとおっしゃって
キッチンへ行ってしまったお兄様は、まだ戻って来ない。


「スザクさ……スザク、は」
「うん?」
「小さいころみたいに呼ばれるのは、嫌じゃない……ですか?」
「嫌なはずないよ」

膝こぞうの上に置いていたわたしの手に、あたたかい何かが触れた。そらいろの声と同じくらい変わった、
擦り傷がたくさんあってちょっとだけ硬かった手のひらは今はもっともっと硬くて大きくて、大人の男の人の手みたい。

だけど。



「……スザク」
「はい」

少し笑いを含んだような声。スザクの名前を呼ぶとき、わたしの声は震えていたとか、上擦っていたとか、
そんなふうだったのかしら。でも、これだけは伝えたかった。

「おかえりなさい」

大きさと硬さは変わっても、あたたかさとわたしの手を握るときのやり方は変わらなかった、スザクの手のひら。
そっと握り返したら、

「ただいま、ナナリー」

一番聞きたかった返事が、わたしの耳を支配した。



そのとき、わたしは。
そらいろの声とあったかい手のひらのひとにずっとずっと恋していたことを知って、
低くなった声と大きくなった手のひらが変わらずそらいろであたたかったことに、
これからも恋をするのだわ、と思った。





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