今日もまた、彼は私に会いにやってきた。 オ早ウ。 今日ハスコシ暑イケド、君ハ平気カイ? そしていつものように、あの女の話をする。 彼女ハ、昨日モ帰ッテコナカッタヨ。 ソロソロ、待チクタビレテシマイソウダ。 本当は待ち疲れてなどいないくせに、貴方はそんなことを言う。 私は、微笑うだけで答えない。 ジャ、マタクルヨ。 愛しい女を待つ哀れな男は、ひとしきり彼女のことを語り終えると帰っていった。 彼の「また」は、結果的には「明日」の意だということを私は知っている。 この二ヶ月、彼と私の間に流れる時間は一瞬たりとも狂うことは無かった。 私はただ、見送ることしかできない。 翌日も、当たり前のように彼はやって来る。 ヤア、オ早ウ。 今日ハ昨日ヨリ涼シイネ。 アノヒトハ、暑イノガ苦手ダトイッテイタカラ。 コノクライノ天気ガイインジャナイカナ。 今の彼女には、暑い陽射しも涼しい風も何の意味も為さないことを私は知っている。 今日もまた、私は黙ったまま彼の背中を見送った。 彼女ハ、君ニヨク似テイルンダ。 可憐デ、寂シゲデ。 笑顔ヲミセテホシイッテ、ソンナ気分ニサセルヒトナンダヨ。 ええ、とてもよく知っている。 何故なら彼女は、私のすぐ傍にいるのだから。 愛しい男の亡骸とともに、暗く冷たい水底で眠っている。 娘の満ち足りた表情を、この男が知る日は来ないだろう。 娘に意に添わぬ縁談が舞い込んだのは、秋。 紅葉が散るころには、男の心には娘が住んでいた。 村外れの池で、娘が家の使用人と逢瀬を重ねているという噂が流れ出したのは、冬。 私の母たちは、何年も前からここで二人が将来を誓い合っているのを見つめていた。 娘は、頬を染めて微笑んでいた。 雪がとけるころ、二人はこの池に来なくなった。 そして、春。 娘と使用人が寄り添いながら身を投げたのは、この池だった。 五月、初夏の心地よい風のなか、たったひとり残された男はすべてを手放した。 奇しくも男の気が狂ったのは、私が生まれた日だった―――― 嗚呼、悲しいひとよ。 貴方の想いは永遠に届かない。 嗚呼、哀れなひとよ。 愛する娘の屍に、この睡蓮の花が根付いているとも知らずに。 嗚呼、愛しいひとよ。 この身では到底叶わぬ願いを抱きました。 愛しい許婚を永遠に待ち続ける、愚かな男。 愛しい男を永遠に迎え続ける、愚かな蓮の花。 愚かな蓮の花が、愚かな男に、恋をした。 |
「とある小さな村で起こった、とある平凡な恋の話」
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